五線親父の縁側日誌

永遠の70年代男・テリー横田の日誌です。

筆者は田舎の初老爺、下手の横好きアマチュア作曲屋、70年代洋楽ポップス愛好家、70年代少女漫画愛好家、
女子ヴァリボ&フィギュアスケートオタ、Negicco在宅応援組です。

中年過ぎても独り者


さて、ちょっと重い話題だが。


「中年過ぎても結婚できない男は、どこか人格的に欠陥があるのだ。」と書くと、自分を含めて大墓穴だし、周りの哀れなオトコ連中からも大ひんしゅくを買うだろう。結婚するしないなどは、形式上の問題だし、パートナーを持つ持たないすら自由、個人の価値観だと、私も思う。


しかし、周囲を見てるとやっぱり、これは男も女もだが、家庭を築いている方は、何事に対しても余裕があって、受け答えも鷹揚で、精神的に安定しているように見える。これが家庭安定のチカラか。伴侶を得て子供を得たことの幸福感と充足感だろうなあ。人間としてというより「命」として、どっしりしている。


逆に見れば、当たり前だが、パートナーを得ない生活はまったく寂しい。ゆらゆらと根無し草。精神的にも暗い洞窟だ。


その不安と不安定が、性格に出てくる。精神的にどこか、おどおどした部分を常に抱えている。その怯えが、たとえば他人をやっかんだりひがんだり、そこまで意識しなくても、他人と接するときのちょっとした言葉のトゲとなって出現したりと、そういうことがある、らしい。


友人のことを悪くは書きたくないが、仲間でやはり、今まで女房も貰わずに来たヤツが居る。元来はのんきで平和なヤツで、それが過ぎてここまで来てしまったのだが、ここ数年で、急に言葉がきつくなったり(会話がすべて人の揚げ足を取るような方向に流れていく。)大酒をあおるようになったり(若い頃は人事不省になるまでは飲まなかった。)明らかに人格が変わってきた。


おそらくは、恋愛沙汰で、失敗した、こっぴどく振らたのだと思う。


明らかに「中年の精神的危機」。これは自分を含め、とっても怖いことだと思う。多分、私の友人は、心の荒れた寂しさの原因も、最近自分の性格が変わってきたことにすら、気が付かないのかもしれない。こういうことが積もり積もって、去年の秋葉原の通り魔とかに発展する可能性もある。自分では「結婚なんて……」と思っていても、その喪失感は、本当に、世界のすべてをぶっこわすくらい、大きなマイナスパワーなのだ。


中年過ぎても独り者、の同士よ! 自分は不安定で、大きな爆弾を抱えて生きている。認識しようではないかお互いに心に言い聞かせて。泣くのはしょうがない。心を見透かされるのもしょうがない。でも、ひとには、本当に本当に、優しくしようね。