五線親父の縁側日誌

永遠の70年代男・テリー横田の日誌です。

筆者は田舎の初老爺、下手の横好きアマチュア作曲屋、70年代洋楽ポップス愛好家、70年代少女漫画愛好家、
女子ヴァリボ&フィギュアスケートオタ、Negicco在宅応援組です。

ヨーロッパ個人主義の裏にあるもの


■ブログ:シンプル道の日々より「フランスという国」

http://simple-dou.asablo.jp/blog/2009/08/07/4485728

 

<フランス人の人生観、それは一言でいうと、「自分のプライベートの生活を楽しむ」というもので、人生は自分が楽しむためにある、といものだ。自分の人生は、国家のためでもなく、会社、仕事のためでもなく、子供や親や親族のためでもなく、誰のためでもなく、自分のためのもの、という個人主義が徹底している。>

 

自分も不勉強ではあるが、フランスだけでなく、ヨーロッパ全体がこの考え「個人主義」だと思う。

 

なぜこういう考え方に行き着いたのか? 自分なりに考えるに、有史以来ヨーロッパは、ずーっと「戦乱の世だった」からではないだろうか。わが命は明日をも知れず、権力や権威がひっくり返ると、自分の環境や立場も途端にコロっと変わってしまう。頼るものなき社会では、強く打って出なければならない。「俺はこうだ!」と、言いたいことはきちんと言わないと、抹殺されたり、とんでもない貧困に落ちてしまうような社会に、それこそ2千年も生きて来たから、ではないだろうか。

 

それと、こういった戦乱の世情で物言わずにいると、知らず知らずにその時々の世情を是認したことにみなされ、心ならず戦争に加担されていく社会だったのではないか。そしてその戦争の後には、広大な焼け野原とおびただしい犠牲の屍が築かれる。一部の為政者のおかげで国が滅んだ経験は数知れない。そんな惨状を2千年見てきた上で、今のヨーロッパの個人主義と民主主義と人民主権「まずは個人がきちっと言うべきだろ!」という考えが醸成されたのではないか、と思う。

 

今日本では、教育勅語復権だ、憲法改正だ、自衛隊の事実上の国軍化だと、全体主義を復活させ、為政者側の好都合で国を動かせる算段が、着々と積み上げられている。お上と大企業が、わがフトコロを肥やすためなら、世界戦争の尻馬にでも乗ろうとさえしている。あまりにも愚かで、ヨーロッパ史を踏まえた人間の、知性と理性の進歩と積み重ねをも、完全に泥足で踏みにじる、日本政治史上最低の破廉恥政権が、我が物顔で闊歩している状況だ。

 

だからここは、皆でもうちょっとは、個人主義になってもいいんじゃないか。空気を読んでその場を丸く収めたり、自分の時間を削って会社や周囲に奉仕したり、それもちょいと、考え直してもいんじゃないか。もっと、「嫌なものは嫌!俺はこうしたいんだ!」ってのを、高らかに叫ぶべきなんじゃないか。個人を主張し、自分を守ることが、実はこの悪政から、国を守ることに繋がるんではないかと、そんな風に思っています。