五線親父の縁側日誌

永遠の70年代男・テリー横田の日誌です。

筆者は田舎の初老爺、下手の横好きアマチュア作曲屋、70年代洋楽ポップス愛好家、70年代少女漫画愛好家、
女子ヴァリボ&フィギュアスケートオタ、Negicco在宅応援組です。

僕たちが水をやるものは


・・・黒いこころを、育ててはいけない。

ありきたりな言葉だけれど

共感と思いやりに、僕たちは水をやるんだ。


・・・某同僚が、珍しく別の同僚の「陰口」を言った。

もともとはそんなことは言わない奴だ。だが、部署替えで引き渡した仕事が、以前自分がやってたものより、少々ずさんになったのだね。言われたことはやるんだけど、それ以上のことはやらない。要求はぎりぎり満たしているんだけど、完成度は決して高くない。面倒なとこはなーんか人に投げちゃうし、時間が来て仕方なく納めちゃう感じなのだ。


しかしながら、客先・上司からは、おとがめなし。彼ら上の人間も日和見で、そこそこの出来映えで、ひどい遅れが無いなら、よしとなるのだろう。その意味では、「うまく立ち回っている」ことになる。


それが「しゃくに障る、許せない」というわけだ。


わかるけどね。以前自分が手がけた物なら、なおさら歯がゆいだろう。不本意な配置換えで、納得もできないだろう。社会が、世間が、努力をあまりわかってくれなかった。利用されるだけ利用された感じすらあるね。


でも、だからといって、不満を溜め込んで、ひがんで、そればっかりで終わってはダメだよ。ひとをねたんで、黒い心を自ら大きく育ててはダメだよ。もともと共感できる、人の身になれるのに、それを忘れ果ててはダメだよ。


実は時間も、あまりないんだよ。

僕らが本当に、水をやるべき苗木は何なのか、考えてみようよ。


・・・てなことを、歌に出来ないかしら???(笑)