赤塚不二夫先生逝去
・・・さて、赤塚不二夫先生が亡くなった。大酒飲みのアル中がたたって、だいぶ前からほとんど植物状態。いつかこういう日が来るとは思っていたが・・・。
この人の業績についてはもう何を言っても始まらない。現代まで続くナンセンスギャグ漫画の始祖。言うのは簡単だがその裏での苦労はいかばかりか。ストーリー漫画の場合は、がっちり構成してしまえばあとは流れで描ける部分もある。しかしギャグ漫画はそうはいかない。1回1回身を削る思いだったろう。さらに感性が錆び付いたり、時代に通用しなくなるのも早い。漫才・コメディアンも大変だが、ある意味それ以上に逃げ場の無い状況だったろう。
すごい衝撃的な想い出として記憶しているのは、どの作品だか忘れたが、いきなり扉絵の上から「赤塚へたくそかきなおし!」と、担当編集者からのダメだしが書かれた、そのまんまを表紙にしてしまった回があった。今考えるとこれも意図されたギャグの一つだったのだろうが、当時は本気で担当編集者との関係を心配したりした。あと、原稿が間に合わなかったという設定で、前半数ページが絵無しのセリフだけで真っ白で展開するとか、そういう回もあった。これは意図したギャグだとわかったが、それにしてもアナーキーなぶっとんだ方法だと思う。(調べてみたが、どうやら少年サンデー連載の「レッツラ・ゴン」という作品上でのことらしい。)
■赤塚不二夫さん死去の3日前に前妻が病死
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080803-00000007-nks-ent
事実は小説より奇なり。こちらの記事が、先生のひととなり、周囲を含めた人生を伝えていて興味深い。前妻が後添いを世話するのは前代未聞とか言われたが、結構あることなんじゃないかなあ。その後妻さんが先生を献身的に看病され、その疲れからか先に亡くなられたはず。言い方は悪いが、この飲んだくれ男が、二人の女を道連れにしたように思えてならない。だたそれで妻たちが不幸だったかどうかは、本人に訊いてみるしかわからないことだが。
手塚先生のときもそうだったが、ともかくこれで、何かひとつまた、完全に終わった感じだ。