五線親父の縁側日誌

永遠の70年代男・テリー横田の日誌です。

筆者は田舎の初老爺、下手の横好きアマチュア作曲屋、70年代洋楽ポップス愛好家、70年代少女漫画愛好家、
女子ヴァリボ&フィギュアスケートオタ、Negicco在宅応援組です。

「終わった感」

・・・先週からナリワイでちょっと大物が入った。今後3週間ぐらい梅雨時はみっちり残業&休日出勤からむかもしれん。「今後何週間残務確定」なんて工程引かれると、それだけでがくーっと疲れる。いや実際は、客のチェック待ちとか、ダメだし対応に時間が取られるんだけどね。営業の交渉詰める能力に左右されます。そこが不安。

そのせいか、また例の「虚無感」がすごい。前からたびたび書いていることだが、ここ2~3年、とにかく自分のなかで、失うだけ失って荒涼として、なんだかすごい「終わった感」がある。プライベートではバンドもやれてるし、体調も低空ながら維持しているんだけど、それでも何だかねえ・・。間違いなく中年クライシス………なんだろうけど。

スポーツ選手が引退して、何か他の目標を見つけなければならないときとか、こんな気持ちになるんだろうか。「この先たかが知れてる」事が見えちゃったきがする。

なりたい自分になること=自己実現、なんてのは執着・エゴに過ぎない。日々請われたことを黙々とやることが、仏教の布施、キリスト教の奉仕。その過程に生き死ぬことが人のさだめという。しかし、やはり他人は羨ましく妬ましい。たとえば結婚して子供を持つとか、親をちゃんと食わせるとか、そういう「人並み」にすら自分はなれなかった。どれほど詭弁を並べても、隣の芝は青々とまぶしい。